【徒然草 現代語訳】第三十二段


神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。

原文

九月廿日の頃、ある人にさそはれ奉りて、明くるまで月見歩く事侍りしに、おぼし出づる所ありて、案内せさせて入り給ひぬ。荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬにほひ、しめやかにうちかをりて、しのびたるけはひ、いとものあはれなり。

よき程にて出で給ひぬれど、なほ事ざまの優におぼえて、物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸を今少しおしあけて、月見るけしきなり。やがてかけこもらましかば、くちをしからまし。あとまで見る人ありとはいかでか知らむ。かやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし。その人程なくうせにけりと聞き侍りし。

翻訳

九月二十日頃であったか、あるお方のお誘いを受け、夜が明けるまでお供し月を眺めつつそぞろ歩いたことがあった時のこと、道すがらその方がふと用を思い出された所があり、取り次ぎさせて中にお入りになられた。夜露がしとどに溜まった荒れた庭に、わざとらしくくゆらしたとは思えない香りがほのかに薫っていて、世を避けひっそりと暮らしている様子がうかがわれ、しみじみと胸に迫るものがあった。

いい頃合いでその方は出てこられたが、こちらはまだ余韻に浸っていて、物蔭からしばらく眺めていると、家の主人である女が妻戸を少しだけ開けて月を見上げている様子がうかがわれた。お客をお見送りした途端に内に引き返したりなぞしたら、さぞ興醒めだっただろう。よもや女も、その後を見ている者があろうなどと思いもしなかったはずだ。かような優雅な振る舞いは、常日頃よりの心掛けあってのもの。その女は、ほどなくして世を去ったとお聞きした。

註釈


「徒然草」でも一位二位を争う色っぽい段です。
自虐気味の「雪」ネタに続けて感服した「月」ネタをもってくる配置も◎。
第三者の目を持った時の兼好法師の筆は、なめらかさが違います。
こういうの、教科書に取り上げたら、古文を好きになる子も増えると思いますけどねぇ。

この段の「侍る」は素直な敬意です。


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