
神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。
原文
風も吹きあへずうつろふ人の心の花になれにし年月を思へば、あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから、わが世の外になりゆくならひこそ、なき人の別れよりもまさりて悲しきものなれ。
されば白き絲の染まん事を悲しび、路のちまたの別れむことを嘆く人もありけむかし。堀川院の百首の歌の中に、
むかし見しいもが墻根は荒れにけりつばなまじりの菫のみして
さびしきけしき、さる事侍りけむ。
翻訳
風も吹かぬのにはらりと散る花、そんな花を心に持った人と馴れ親しんだ年月をつらつらと思い返せば、しみじみと味わった言葉たちを忘れるはずもないけれど、いつしか相手は自分の許を去ってゆく、それが世のならいとは知りつつも、生きて別れるのは死に別れるより遥かに心が傷む。
だからこそ、白い糸を見ればこれもいつかは色に染まるのだなぁと悲しんだり、真っ直ぐな道もやがては岐れてゆくのだと嘆いた人もあったとか。堀川院の百首の中にある歌、
その昔通った女の家の垣根がすっかり荒れ果ててしまった。今となっては茅花に混じって菫が咲くばかり。
こんなふうに詠まれた寂しい景色、いかにも実事に裏打ちされていると思えましたよ。
註釈
○「むかし見し~」
藤原公実(きんざね)の歌。鳥羽天皇の叔父にして、正二位権大納言。三条家、西園寺家、徳大寺家の祖。
これまた妙に臨場感のある段。
前半部は実話なんすよ、こう見えて決してモテなかったわけじゃないんすよ、とアピールしたかったんでしょうね。
末尾の「侍る」は、もちろん歌の詠み手公実への敬意ですが、よく出来た歌への素直な賞賛が滲み出ていて、めずらしく嫌味のない「侍る」です。