
神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。
原文
何事も邊土は賤しくかたくななれども、天王寺の舞楽のみ都に恥ぢずといへば、天王寺の伶人の申し侍りしは、當寺の樂はよく圖を調べあはせて、ものの音のめでたくととのほり侍ること、外よりもすぐれたり。故は、太子の御時の圖、今に侍るを博士とす。いはゆる六時堂の前の鐘なり。その聲黄鐘調のもなかなり。寒暑に随ひてあがりさがりあるべき故に、二月涅槃會より精霊會までの中間を指南とす。秘蔵のことなり。この一調子をもちて、いづれの聲をもととのへ侍るなりと申しき。
凡そ鐘の聲は黄鐘調なるべし。これ無常の調子、祇園精舎の無常院の聲なり。西園寺の鐘、黄鐘調に鋳らるべしとて、あまた度鋳かへられけれどもかなはざりけるを、遠国よりたづね出されけり。浄金剛院の鐘の聲、また黄鐘調なり。
翻訳
「何事につけ田舎は下賤ではしたないが、こと天王寺の舞楽だけは都のものに優るとも劣らないね」と云いましたら、天王寺の楽人は、「当寺の楽の音はよくよく標準律に合わせておりまして、各々の楽器の音色が麗しく調和いたしておりますことにつきましては、確かに他所よりも優れていると云えましょう。それというのも、太子様の時代の標準律が当寺にございまして、それをお手本としているからでございます。他でもない皆様よくご存じの、六時堂の鐘でございます。あの鐘の音こそまさに黄鐘調そのもの。ただし、暑かったり寒かったりいたしますと、どうしても鐘の音に上下が出てしまいますゆえ、二月の涅槃会から精霊会までの間に出る音を標準律といたしております。このことは秘伝でございますけれども。あの鐘の音のみを標準律とし、あらゆる楽器の音を整えておるのでございます」と申しました。
おしなべて鐘の音というものは、黄鐘調でなくてはならない。黄鐘調こそ人に無常の心を呼び覚ます調べであり、祇園精舎の無常院の鐘の音なのだ。西園寺の鐘の音を黄鐘調にこしらえなくてはならぬと幾度となく鋳造し直したが、はかばかしくなく、結局遠国の鐘を捜し出して持ってきて充てたそうだ。浄金剛院の鐘の音もまた黄鐘調である。
註釈
○怜人
楽人。舞人。
○太子
聖徳太子
○博士とす
基準、お手本とする。
○黄鐘調
おうじきじょう。もしくは、おうしきちょう。
○浄金剛院
後嵯峨上皇建立の寺。
鐘の音色にそんなに違いがあるとは、この段を読むまで知りませんでした。
ちなみに黄鐘調は、「夏」の音色とされているそうです。
追記
ヒットソングの曲調にも、この黄鐘調を採り入れたものがあったりするんでしょうか。