
神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。
原文
萬の事は頼むべからず。おろかなる人は、深く物を頼む故に、うらみいかることあり。
いきほひありとて頼むべからず。こはきもの先づほろぶ。財多しとて頼むべからず。時の間に失ひやすし。才ありとて頼むべからず。孔子も時に遭はず。徳ありとて頼むべからず。顔回も不幸なりき。君の寵をも頼むべからず。誅をうくること速かなり。奴従へりとて頼むべからず。そむき走ることあり。人の志をも頼むべからず。必ず變ず。約をも頼むべからず。信あることすくなし。身をも人をも頼まざれば、是なる時は喜び、非なる時はうらみず。
左右広ければさはらず。前後遠ければ塞がらず。せばき時はひしげくだく。心を用ゐること少しきにしてきびしき時は、物にさかひ、あらそひてやぶる。ゆるくしてやはらかなる時は、一毛も損せず。人は天地の霊なり。天地はかぎる所なし。人の性なんぞことならむ。寛大にしてきはまらざる時は、喜怒これにさはらずして、物のためにわずらはず。
翻訳
何事においても、期待は禁物。愚か者はついつい過剰に期待してしまうがために、恨みつらみを並べ立てたり怒り狂ったりする羽目に陥るのだ。
権勢を誇っているからといって、それに恃んではならない。滅びるのはまず強い者からだ。有り余る財産があるからといって、そんなものに恃んではならない。資産なんぞあっという間に失うことがよくある。才能があるからといって、ゆめゆめ恃んではならない。孔子も時勢に合わず不遇であった。徳が高いといって、決して恃みにしてはならない。顔回の不幸せぶりを見よ。たとえ主君の寵愛を得ているとしても、間違ってもそれを恃みにしてはならない。主君の気は変わりやすい、たちまち誅殺の憂き目に遭うこと請け合いだ。従順な家来がいるからといって、恃りにするのは危ない。寝首をかかれたり逃走されることがしばしばある。人の志を恃みにしてはならない。人の気持ちほど変わりやすいものはない。約束も、必ずしも恃みにはならない。信の心を持つ者は稀だ。自分も他人も、恃みに思いあてにしさえしなければ、事がうまく運べば嬉しいし、うまくゆかなかったとしても恨まずに済む。
左右が広ければ支障はきたさず、前後が遠ければ閉塞感もない。狭いところにいると、いきおい玉砕しがちだ。周りに気を遣うことが疎かになる厳しい状況下では、どうしても人にぶつかり自滅してしまう。おおらかな気持ちでゆったり構えている時には、髪の毛一本たりとも傷つけられることはない。人というものは天地で最も霊なるもの。天地は果てしない。人の質もまた無限の可能性を秘めている。どこまでも寛容でありさえすれば、喜びも怒りもなんら影響を及ぼさず、下界の物事に煩わされることはない。
註釈
○財
読みは「たから」。
○才
読みは「ざえ」。
○顔回
孔子の一番弟子。夭逝。
○奴
読みは「やっこ」。
○左右
読みは「さう」。
「徒然草」はこの段に尽きると仰る方もおられますね。
追記
人がなんのためにいろんな目に遭うのかといえば、こういう境地に達するべく試されているんじゃないでしょうか。今となっては人というより、人間、いや人類というくくりになってますけどね。