
神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。
原文
望月のまどかなる事は、暫くも住せず、やがてかけぬ。心とどめぬ人は、一夜の中に、さまで變るさまも見えぬにやあらむ。病のおもるも、住する隙なくして、死期既に近し。されども、いまだ病急ならず、死におもむかざる程は、常住平生の念に習ひて、生の中に多くの事を成じて後、閑かに道を修せむと思ふほどに、病を受けて死門にのぞむ時、所願一事も成ぜず、いふかひなくて、年月の懈怠を悔いて、この度もしたちなほりて命を全くせば、夜を日につぎて、このことかのこと怠らず成じてむと、願ひをおすらめど、やがておもりぬれば、我にもあらず、取りみだしてはてぬ。このたぐひのみこそあらめ。このこと、まづ人々いそぎ心におくべし。
所願を成じて後、暇ありて道にむはむとせば、所願つくべからず。如幻の生の中に、何事をかなさむ。すべて所願皆妄想なり。所願心にきたらば、妄心迷亂すと知りて、一事をもなすべからず。直ちに萬事を放下して道にむかふ時、さはりなく、所作なくて、心身ながくしづかなり。
翻訳
満月の円な姿は、ほんの僅かの間でさえその形様を留めてはくれず、瞬く間に欠けてしまう。迂闊な人の目には、一夜にしてこれほどまでに変わるのが映らないとみえる。病が重篤になるのも、一時たりとも待ってはくれず、死期は気付けば眼前に迫っている。ところが、病の進行がまだ鈍く死と向き合っていないうちは、この世は不変であり日々もまた平安であるとの思い込みにどっぷり浸かり、まだ身体の動くうちにいろいろとやりたいことを全部やってから、心穏やかに仏門に入ろうなどと呑気に構えていると、いざ病を得、死ぬ段になると、かつての願いはひとつとして叶ってはおらず、今さら嘆いてみたところで時既に遅し、長年の怠慢を悔いて、この病が万一癒えて一命をとりとめることが出来たなら、きっと寝る間も惜しんであれやこれやの願い事を余さず成し遂げようと心に期すが、速やかに病は重くなって正気を保つことなくひたすら取り乱したまま死を迎える。世間はこの類いの人ばかりである。何はさておき、この事実をしかと心に刻んでおかねばならない。
願い事を成就させてから、余った時間で仏道修行でもなどと悠長に構えているが、願い事は尽きないものと相場が決まっている。夢幻のごとき一生に、何を成そうというのだろう。すべからく願い事というものは妄想と切り捨てるべし。願い事が心に芽生えたその時には、こやつが自分を惑わそうとする諸悪の根元なのだなと覚り、ひとつのことにも手をつけてはならない。直ちにすべてを擲って仏道に専念する時、差し障りも悪あがきもなく、身も心も永遠に波立つことはない。