
神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。
原文
大事を思ひ立たむ人は、避りがたく、心にかからむ事の本意を遂げずしてさながら捨つべきなり。しばし、この事はてて、おなじくはかのこと沙汰しおきて、しかじかの事、人の嘲やあらん、行末難なくしたためまうけて、年来もあればこそあれ、そのこと待たむ、程あらじ。物さわがしからぬやうになど思はむには、えさらぬことのみいとどかさなりて、ことの尽くる限もなく、思ひ立つ日もあるべからず。おほやう人を見るに、少し心あるきはは、皆このあらましにてぞ一期はすぐめる。
近き火などに逃ぐる人は、しばしとやいふ。身を助けむとすれば、恥をも顧みず、財をも捨ててのがれさるぞかし。命は人を待つものかは。無常の来ることは、水火の攻むるよりも速かに、のれがたきものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨てがたしとてすてざらむや。
翻訳
出家しようと思い立った人は、避けづらいずっと気がかりなことをなし終えたりせず、すぐさまその場で何もかも捨て去らねばならない。しばらくして、これを済ませてから、どちらにせよ出家するのだから、あの案件を片付けてから、こういうことをしてしまうと、人の嘲りを受けるだろう、きちんと後腐れなく処理しておいてから、これまで長年出家せずにきたのだ、諸々手抜かりないよう取り計らってからでもさほど時間を喰うわけでもなし、遅くはあるまい、慌てず騒がずじっくり腰を落ち着けて行動に移そう、などともたもたしているうちに、次からと次へと懸念事項が押し寄せ、心配事は尽きず、決意の日など来ようはずもない。大体において世間一般の、多少なりともものの道理をわきまえた人は、たいていこういう成り行きで一生を終えてしまう。
近所から火があがり逃げようとする人が、ちょっと待って!と云うかね?助かりたいなら、恥も外聞もかなぐり捨て、財宝なんぞに見向きもせず一目散に逃げるしかない。命は人を待ってはくれないのだ。死の訪れは、迫り来る水火より疾く、逃れにくいものであるのに、いざその期に及んで、老いた親、幼子、主君への恩義、人の情け、そういったものが捨てづらいからと捨てずにいられるかね?
註釈
○本意
読みは「ほい」。
○年来
読みは「としごろ」。
熱い段ですね。