【徒然草 現代語訳】第六十七段


神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。

原文

賀茂の岩本、橋本は、業平、実方なり。人の常にいひまがへ侍れば、一年参りたりしに、老いたる宮司の過ぎしを呼びとどめて、尋ね侍りしに、実方は、御手洗に影のうつりける所と侍れば、橋本やなほ水の近ければと覚え侍る。吉水和尚、

月をめで花をながめしいにしへのやさしき人はここにありはら

と詠み給ひけるは、岩本の社とこそ承りおき侍れど、おのれらよりは、なかなか、御存知などもこそさぶらはめと、いとうやうやしくいひたりしこそ、いみじく覚えしか。

今出川院近衛とて、集どもにあまた入りたる人は、若かりける時、常に百首の歌を詠みて、かの二つの社の御前の水にて書きて手向けられけり。誠にやんごとなき誉ありて、人の口にある歌多し。作文、詩序など、いみじく書く人なり。

翻訳

上賀茂神社の摂社岩本社と橋本社は、それぞれ業平と実方をお祀りしている。人がしょっちゅうどちらがどちらにと云い違えるので、去年お参りした際に、年寄りの神官が通り過ぎようとするところをわざわざ呼び止め、訊いてみましたら、実方を祀った方は、御手洗川に姿が映った所でございます、橋本社の方が岩本社よりずっと水に近いところにありますので、実方をお祀りしているのは橋本社であると覚えております。一方で吉水の和尚が、

月を愛で花を眺めて生きた古の心優しき人在原業平はここにいる

そうお詠みになられたのは、岩本社と承っておりますけれども、私どもより貴方がたの方がよっぽどよくご存じでございましょうね、と極めて慇懃に語ってくれたのには、感心しきりであった。

今出川院近衛と呼ばれ、勅撰集にいくつもの歌が入首している女房は、若い時分、常に百首の歌を詠み、岩本、橋本の御前の水を用いて書き奉納されたとか。だからであろうかこの方には文筆の尊い誉があり、人の口の端にのぼる歌が多い。漢詩、詩の序文等もはなはだ巧みに書いた人であった。

註釈

○実方
藤原実方(さねかた)。「枕草子」にも登場する当時の宮廷のアイドルスター。

○吉水和尚
読みは「よしみずのかしょう」。天台座主慈円のこと。

○今出川院近衛
いまでがわのいんのこのえ。亀山天皇中宮嬉子に仕えた女房。

○作文
読みは「さくもん」。漢詩のこと。


慈円の歌が大人の気風があり、のびやかでいいですね。
………ただ、残念ながらそれだけしか印象に残らない段。

紫式部や清少納言の頃は、女が漢詩をものすと敬遠されたものでしたが、三百年経って時代は変わったんですねぇ。

追記

何度か書いていますが、清少納言の読みはあくまでも「せい しょうなごん」です。「せいしょうなごん」ではありません。きちんと発音している人に、今まで一人しか逢ったことがありません。


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