【徒然草 現代語訳】第百三十六段


神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。

原文

くすしあつしげ、故法皇の御前にさぶらひて、供御の参りけるに、今参り侍る供御の色々を、文字も功能も尋ね下されて、そらに申し侍らば、本草に御覧じあはせられ侍れかし。一つも申しあやまり侍らじと申しける時しも、六条故内府参り給ひて、有房ついでに物ならひ侍らむとて、まづ、しほといふ文字は、いづれの偏にか侍らむと問はれたりけるに、土偏に候と申したりければ、才のほど既にあらはれにたり。いまはさばかりにて候へ。ゆかしきところなしと申されけるに、どよみになりて、まかり出でにけり。。

翻訳

神医師の篤茂が、亡き法皇の御前に伺い、ご馳走を下された折のこと、これより参ります料理の数々、文字も効能もどうぞなんなりとお訊ねください、そらにお答えいたしますので、本草学の書物と照らし合わせていただければ、ひとつとして誤りがないのがおわかりいただけるかと存じます、と申し上げていたちょうどその時、こちらも今は亡き六條内府有房公が参内なさっておいでで、ちょうどよい、有房もお勉強させていただこう、と云われ、では早速にお訊ねするが、『しほ』という文字は何偏であったかな、と問われた、土偏にございますと篤茂が申したところ、はい、学のほどは知れました。これで充分。もうこれ以上訊きたいことはありません、と仰られたので、一同大ウケし、篤茂はすごすごと退出したそうだ。

註釈

○くすしあつしげ
和気篤茂。典薬頭。

○故法皇
後宇多法皇

○供御
読みは「ぐご」。

○六條故内府
源有房。内大臣。

○土偏
読みは「どへん」。


「塩」と「鹽」ということですね。

このネタはいささか複雑で、一読、「鹽」という字を知らなかった篤茂が嘲笑されたかのような印象を受けますが、ちょっと違うんですよ。
まず字の古さから云うと、「塩」は「鹽」より遥か昔に伝わり遣われていた字なんです。「鹽」という字は宋の時代に作られました。
「徒然草」は鎌倉時代末期を背景にしていますから、宋の後半あたりに相当します。いわば「鹽」という字は最新の文化の香りのする字だったわけです。
篤茂は学者バカですが、その分お勉強熱心で禅宗を柱とした最新の学問にも通じていたにちがいなく、「鹽」という字を知らなかったはずはありません。

そこで今一度本文を読み返してみてください。
有房は「しほ」は「何偏」ですか?と訊いています。
「鹽」ならば「偏」ではなく、「部」(鹵部)です。何偏かと訊かれたので、篤茂は常識的に「塩」の字を思い浮かべて「土偏」と答えたのです。
ですから、本来篤茂の返答は正解なわけです。
はからずもウケてしまったのは、あまりに愚直な答えでひねりも何もなく、面白みに欠けていたからなんですね。
これが宮廷の丁々発止。この辺の機微が解っていないと、この段の嫌味は通じません。

では篤茂はどう答えればよかったのか?
「しほ」は何偏ではなく、何部でございますよ。とでも返せば、一目置かれたかもしれませんね。

追記

こういうワイドショー的な「徒然草」は、もっと見直されていいと思っています。


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